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起業家タマゴの経営イロハ(投資ブログ)

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2017/01/18 12:44

13 pt すごくいいねいいね

◎常識・ルールを破ることが勝者への第一歩

そもそも常識やルールはどうやってできたのでしょうか。

法律は最低限に絞って作られます。

法律を多くすればするほど社会は硬直化し、法律が社会をダメにするからです。

そこで昔から為政者は法律以外に大衆を管理するために『常識・ルール』を作りました。


法律では大衆を管理しきれないことから、為政者・支配者は、人間の良心を利用して『こうしてはいけない』という常識やルールをたくさん作り、他人の目を意識させて国民に守らせるという戦略を採りました。

言い換えますと、常識やルールは支配者が被支配者を操作するために作ったものが多いと思っています。

ですから、常識とかルールというものは支配者側は守らず、被支配者だけが守るものとなります。

昔から私はそう考えていた天の邪鬼でしたから、人から「こうすべきだ」と言われると、反射的に「嫌だ」と言ってしまいます。

私は被支配者層の中でも最低階級に属する人間でしたから。


法律・ルール・常識を作る必要性はもちろんあります。

しかし、問題は『必要性』がどこから来たかということです。

官僚に必要、政治家に必要、税務署に必要、警察に必要、特権階級に必要というように、必要とは『勝ち組にとって必要』という意味です。

たとえば会社の規則は、顧客でも、社会でも、従業員でもなく、会社にとってプラスになるように作られていますし、官僚の規則も政治家の規則も勝者の規則も彼らにとってプラスになるように作られています。


ある一流のレストランに行った時、たまたま喫煙が満席でした。

その時、総支配人が禁煙席に案内して、灰皿を持ってきて、この席を今だけ喫煙席にすると私に言いました。

私はヘビースモーカーでしたので吸ってしまったのですが、その瞬間、回りから避難の目の嵐がきました。

ここで注目することは、ルールよりも上得意の私を優先したので、社内で決めたルールを彼は破ったということです。

これに対して私は煙草を吸ったのですが、他人の目を見て、新しく決めたルール通りであっても、ルールを守らず煙草を消したということです。

これは両方ともルールを破る時に『一定の理論武装を行って破った』ということです。


また昔、ある会社に行って頼みごとをしますと、相手は「弊社の内規でできないことになっています」と答えました。

私は「内規は会社の規則です。私は社員ではないのであなたの会社の内規を守る必要はありませんよ」と言いました。

社会的に通らないことを『内規という社内規則』で、平気で押しつける会社がありますが、社内規定は受け入れるか受け入れないかを適用された人が決めれば良いものだと私は思っています。

結果的には『内規』は顧客に対する拘束性がありませんので、担当者は、「内規では駄目ですが」と言いながら私の主張を受け入れました。


2017/01/17 12:34

9 pt すごくいいねいいね

◎社員と子供には挫折をさせろ

息子は小学校・中学校・高等学校とほとんど学校に行きませんでした。

米国の友人からは私に「あなたは子育てに失敗した」と言われました。

私が友人に答えた内容は、学校に行けずに悩んでいた息子にいつも言っていることと同じでした。

「他の子供は学校に行っているので悩まないが、お前は学校に行けないことを悩んでいるので、お前の方が頭を使っているから、実社会に出たらお前の方が彼らよりもラッキーだ」というものです。

人間は頭を使った分だけ成長しますので、平々凡々と生きた人よりも、登校拒否であっても『自分に対して悩んだ人』の方が苦労した分だけ何かを掴んでおり、いざ勝負の時にはアドバンテージを取れます。


ただし、これを真正直に行えば『社会から弾き出される』ことになります。

しかし、勝ち組には『よく分からないことを言う』人が多く、よく分からないことを言う人の方が好印象を与えています。

その良く分からないことを独特の切り口で社会が受け入れる形にして社会(や会社)に提供しますと、社会から評価されて企業としては大きなリターンを取れます。

よく分からないけれど成功している人を見ると、多くの人は『自分のレベルでは分からない何か』がこの人達にはあるのだと思うからかもしれません。


2017/01/16 14:02

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◎協調性とルールを守る発想からの脱出

子供が小学校五年の時に登校拒否をしました。

私が「どうして学校に行きたくないの」と聞くと、彼は「水泳のクロールができないから」と答えました。

そこで私は小学校に行き、校長先生と教頭先生と3人で話し合いました。

私は「息子はプールに入りたくないと言っているので、入らなくていいようにしてください」と言いました。


これに対して、校長と教頭は「学校はルールを守ったり、協調性を覚えるところだから、息子さんもプールに入れた方が良い」と答えました。

そこで私は「『息子はルールを守るほうではなく作る方なので、ルールを守ることを教えなくてもいいです』『協調性ではなく、独自性や創造性を重視する生き方をしてほしいと思っていますので、協調性を教えなくてもいいです』」と言いました。

そして、最終的にはプールに入らなくても良いことになりました。

日本人に起業家が少ないのは学校で協調性やルールを守ることを教えているので、独自性を要求される起業家になれないのだと思います。


2017/01/13 13:32

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三流大学からしか超一流は出現しない!?

一流の大学を出た人は知識に頼る傾向があります。

しかし、知識は多くの人が持っていますので、差別化にはなりません。

それどころか知識が邪魔をして、知恵にまで思考が及ばない人が多いのです。

『知識とは過去の遺物』であり、10年、20年、30年前に作られた理論ですから、現在にフィットさせるには知恵が必要になりますし、フィットしないものは新しいアイデアを考えて対応する必要があります。


優秀な人は楽をしても普通の人よりは良い仕事ができますから、怠惰な生き方に慣れてしまって、フィットさせたり新しいアイデアを考えることが苦手になっている人が多いのですね。

ベンチャーとはフィットさせる、新しいアイデアを考えるところですから、一流大学を卒業した人はベンチャーより大企業の方が向いています。

だから、大企業に行けなかった一流大学出身者は『ベンチャーにはなじめない』ので、逆に落伍者になることが多いです。


新しい理論を作る場合、まず『どうして』という好奇心が生まれ、実験や体験を通して好奇心を理論化する、という流れになります。

誰でも知っていることは試す価値はありません。みんなが知らないこと、気が付かないことから何かを探したときに差別化が生まれ、勝ちに結び付くのです。

いまあるものをすべて否定することから入って、否定したものに替わる新しいものを考え、否定できないものだけを実際に使うという姿勢でいれば、すでにあるものから『新しい何かを発見』できるのです。

いい学校を卒業した人は『学校で習ったり、本で読んだことは正しい』と無意識に思っているので、これはおかしいんじゃないかとか、どうしてという『単純な疑問』が出てこない傾向があります。

先人が気が付かなかったことに気が付くのは、単純な疑問を持てる人だけです。

知識がある人ほど無意識に先人の知識や知恵に縛られていますので、新しい不思議なことに気が付かないのではないかと思います。


2017/01/12 12:33

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新発見は大多数が反対する考え方のなかから生まれる(後編)

当時、株が下がれば買い、上がれば売る『割安株投資』という投資手法は非常にマイナーで、ほとんどの投資家は証券マンが勧めるタイミングで大きく上昇した銘柄を買っていました。

証券会社は手数料が売上になるので、お客さんが儲かろうが損しようが証券会社の利益には関係ありません。

いつ動くか分からない銘柄に投資されると手数料がいつ入るか(いつ売れるか)分かりません。

しかし大きく上昇した銘柄を買わせれば、更に上昇すれば売り、下落しても売りになり、どちらにしても短期で反対売買ができますので、手数料がどんどん入ってきます。

つまり、売買手数料がたくさん入るのが『高値買い』であり、私が提唱した『割安株投資』は証券会社にとっては、手数料が入りにくい敵のような投資理論でした。

しかし、十年が経過した時には投資方法のスタンダードにまで広まりました。

スタンダード化により、グッドイシュー独自の売りではなくなったことで、事業としては差別化ができないというデメリットが生じます。

しかし良いものは普及し、その流れは止められません。だから、会社としてできることは『その理論で会社経営が上手く行っている間』に次の準備をすることです。


A当時は株価情報は有料でした。

しかし、株価は投資家の売買の結果であり客観情報であり、有料で売っている会社は『自分が作ったノウハウではなく、客観情報を有料で売っている』ことになります。

これはおかしいと考えて、証券取引所から有料で株価情報を取得し、それを無料で提供し始めました。

当時、大手のニュース提供会社から『コンペティター(競争相手)』と言われて情報の購入を断られたこともありましたが、これもインターネット証券が誕生したことで1999年からは無料提供が当たり前になりました。


B1990年からのバブル崩壊相場で日本の株式市場は、新しく生まれた『先物取引』を使った外資系証券のデリバティブ取引に翻弄され続けました。

そこで私は当時、大阪証券取引所に『先物取引の手口を公表してほしい』と要請しました。

手口というのは、どの証券会社が何枚買っている、売っているという情報ですが、最初は何を言っているかと無視されました。

その後、社員に毎日電話で要請させるとともに、色々な人に電話や手紙で大阪証券取引所に問い合わせをしてもらった結果、6カ月後に日経先物の手口が公表されることになりました。

当時の大阪証券取引所の表明文には『個人投資家の要請がたくさんあったこと』で公表に踏み切ったとありました。

このように言い続ければ、そしてその内容が社会的に正しいことであれば、ほとんどのことは達成できるのです。


2017/01/11 11:20

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新発見は大多数が反対する考え方のなかから生まれる(中編)

一方で三行メールは『マイナスを防ぐ』だけで100万通書いても『相手の反応はゼロ』です。

私は良い質問が来たときに、その質問に対してメールを書き、そのメールを質問者だけでなく全会員に送りました。

それにより、自分の質問に返事がこないことに不満を抱いても、別の『ためになるメール』によって満足してくれます。

この方法を取りますと、数は少なくてもプラス1になります。

ゼロはゼロですが1の積み重ねを続ければ、1年で365個、10年で3650個のプラスを得ることができます。


全員に返信するのではなく、一部に返信して、その返信のなかで重要性が高い質問は全員に送る方法はインターネット業界の常識とは違いましたが、長い文章での返信で評価は下がるどころか逆に上がりました。

以上は表面的な差別化ですが、これだけでは社会の支持を得ることはできません。

表面的な差異化の他に『内容の差別化』がなければ会社は社会から支持されません。

私が合格点を取るために実際に行ったことは次の通りでした。

@当時は『株を買ってはいけない』というアドバイスは禁句でした。

『みんなが買わなくなったら、株式市場で生きている会社は倒産してしまう』という考え方が証券会社側にあったからでした。

私は『今の株式市場は割安だから買いのチャンス』とか、大きく上昇しているので『危ないから買ってはいけない』というレポート(バイサイドレポート:証券会社というセル側ではなく、投資家というバイ側に立ったレポート)を書きました。


当時はセルサイド(証券会社などのセル側)レポートといって、証券会社に都合が良いレポートしか書かれていませんでしたので、私の書いたバイサイドレポートは市場関係者にとっては衝撃的でした。

ある証券会社だけが『買ってはいけない』とセミナーで言っても良いと言うのでセミナーをしたことがありましたが、ほとんどの証券会社では『買ってはいけない』というセミナーはできませんでした。

つまり、誰も言わなかったこと、しかも正しいことを最初に言うことで差別化ができるわけです。

もちろん、最初は風当たりが強いですが、風当たりが強ければ強いほど『正しいこと』の可能性が高く、あきらめずに続ければ経営にとっては予想外のプラスになります。

そして、2003年くらいからは『買ってはいけない』という『バイサイドレポート』は当たり前になり、証券会社発行のレポートでも『買ってはいけない』という言葉が使われるようになりました。


2017/01/10 12:50

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多数を否定しルールを破れ

新発見は大多数が反対する考え方のなかから生まれる(前編)


私は株式投資に関するレポートを1991年から毎日書き続けています。

1997年からインターネットでレポートを提供するようになり、化け物と言われた株式投資サイト『る〜さ〜』をスタートして4カ月で抜いて、株式情報サイトのナンバーワンになりました。

突然登場した株式投資サイトがなぜ4カ月間でトップになれたのかと言いますと、それは大多数の人が否定する方法でサイトを運営したからでした。

1997年当時はインターネットの黎明期で、Webデザイナーやインターネットマーケティングなどが生まれたばかりであり、本当の専門家はおらず、本を読んだ『俄(にわか)専門家』が幅を利かせていた時代でした。

専門家は私に次のようなアドバイスしました。「株式サイトに投資家が求めるのは『勝てる銘柄』なので、まずは個別の銘柄情報を提供しましょう」「インターネット愛好家は長い文章を嫌うから『レポートを書くならば、文章はできるだけ短くし

ましょう』」「インターネットで訪問者を増やすためには『サイト同士がお互いにリンクを張って、お互いを紹介し合う』ことが大切なので、いろいろなところと相互リンクを張りましょう」と。


 私の出した結論は『個別銘柄については一切書かず、投資家教育一本』にすること。

また『レポートは相手に内容を分かってもらうことがメインなので、文章量ではなく、内容を重視して書く』こと。そのため、一日で二万字を書き続けた時期もありました。

最後に、リンクは『サイト訪問者が本当に自分のサイトに来たくて来たのかが分からないので張らない』と決めました。

特に最後の方法は短期で訪問者を増やすためには行った方が良いことは分かっていましたが、訪問者が少ない、グッドイシューサイトに欠陥がある、サイトを訪問者が支持するまで作り直すということを重視したためにリンクは張りませんでした。

専門家がアドバイスすることは『誰でも知っていること』ですから、その通りに行っても差別化できません。

差別化とはみんなが行っていないことからしか生まれません。

また専門家に言われたことで、一番ナンセンスだと思ったのは、メールが来たら三行でも良いから『直ぐに返事を書く』というアドバイスでした。

確かに、直ぐに返事がくることで批判はされませんが、このような意味のないメールを100万通送ったとしても『誰も感謝してくれません』ので、仕事をしたことによる営業効果はゼロです。

私は社員に対して、「メールの返信は『最低A四判一ページ、質問者が理解できるまで書き、更に参考サイトのリンクを張らなければならない』」と言っています。

長い文章で、参考サイトのリンクまで張るとなると、一通のメールにかかる時間が長くなり、すべての人にメールを返すのは不可能となります。


2017/01/06 12:37

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第5条 頑張りたい社員は辞めてくれ(後編)

そして、1年後の2007年5月に再び爆弾発言をしました。

それは「頑張りたい人はグッドイシューを辞めてほしい」と言ったのです。

企業は頑張りたい人間を集めるためにいろいろな努力をしています。しかし、グッドイシューは頑張りたい人は『いらない』と全員の前で発表しました。

結果は45名いた社員の内、20名が退職しました。

つまり、1年で社員数は60名強から25名前後に激減したわけです。

そして2007年7月に『経営諮問会議』が行われました。

厳しい指摘をする日本IBMの椎名さんと日産自動車の塙さんが『どんな指摘をするのか』、グッドイシューの経営者として『興味』を持っていました。

社員数の推移を説明したあとに、椎名さんが「『普通なら、こんな動きをする会社は崩壊寸前だ。』『しかし、ケンミレは独特の経営をしているし、役員の顔も明るいし、業績は昨年よりは落ち込むが、それでも当初予想した以上の経常利益が得られる』わけだから、グッドイシューは『この方法が合っているんだな』」と言いました。

2006年1月25日からワンエイティー・レボリューション(180度転換して革命を起こそう)をスタートさせ、「頑張りたくない人は辞めてくれ」と表明し、2年目には「頑張りたい人は辞めてくれ」と表明したのですが、3年目は「朝ノートとスケジュール管理と時間管理ができない人は辞めてくれ」と表明し、25名が15名になりました。

さすがに15名では仕事が回りませんので、総勢25名前後まで毎月2回の募集を行うと発表しました。

ただし、朝ノートとスケジュール管理と時間管理が当たり前に行われている会社に新入社員を入れなければ意味がないこと、優秀な社員以外は入社させないことの2つを各部の責任者に言いました。

それが『良い社員が見つかるまで募集を続ける』という意味です。

これで内向けのワンエイティー・レボリューションが終了し、あとは運用の時代に入りましたので、ここから『外向けのワンエイティー・レボリューション』がスタートすることになりますが、その前に残った社員の士気を高めるために社内の衣替えを行いました。

机や壁を一新し、レイアウトも変更しました。環境が人間に与える影響は目に見えないものの非常に大きく、ここまで変えて『内向けワンエイティー・レボリューション』を終了させました。

最後に頑張りたい社員は辞めてくれという意味ですが、これは頑張る社員が残ったのですから頑張るのは当然なのですが、頑張るだけでは勝者にはなれません。

勝者とは『頭と体の両方で頑張ること』です。

したがって、その時に私が言ったことは「頑張りたい社員は辞めてくれ、頭を使いたい社員だけ残ってくれ」という趣旨でした。


・社長が指示しても、決裁しても、間違っていれば、悪いのは社員。
・作ろうと思ったものと作ったものが同じ場合、社員はサボっている。
・上司が指示しても、部下ができなかったときは上司の責任。
・優秀な社員ほど厳しく教育する。
・勝ち組には肉体的エネルギーと知的エネルギーの両方が必要。


2017/01/05 12:33

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第5条 頑張りたい社員は辞めてくれ(中編)

まず行ったことは『信賞必罰の厳しい会社にする』という方向でした。

しかし、社外役員が参加する役員会で発表したところ、日産自動車のカルロス・ゴーンさんの前の社長で、ゴーンさんを名実ともに引っ張った塙さんから「ふぅーん、社員が悪いのか」という感想が出ました。

この言葉で私は赤くなり、悪いのは努力が足りなかった自分だと分かりました。

また、江崎先生から「どうしてベンチャー企業だった“マイクロソフト”が大企業になっても成長し続けているのか知っているか」と聞かれました。
「分かりません」と答えますと、先生は「『常に大きな長期目標、中期目標、短期目標を経営者が社員に明示し、その目標を達成するためにはどうすれば良いかを一人一人が考えている』それがマイクロソフトです」と言いました。

「人数がどれだけ増えても『経営者が経営者の仕事をすれば対応可能であり、人数が増えて業績が悪化したのは、経営者が仕事をしていないからだ』」という話が出ました。

この話は私にとってはショックで『ガーン』という気持ちになりました。

悪いのは社員ではなく、「自分では一生懸命やっていると錯覚して、サボっていた社長が一番悪い」と言われたわけですから。

役員会が終わると、全社ミーティングを行い、社員全員の前で私は謝罪しました。

それから一週間、今後のケンミレの方向性や目標を話し続けました。

そして、1週間後に「私と一緒に頑張りたい人だけ残ってほしい」と言いました。

具体的には『今後3カ月間は土日祝日も全て出勤にする』『退社時間は夜十一時にする』というものでした。

この表明で約3分の1の22人が辞めました。

そして、30名のSEが二年間全く完成できなかったソフトやプログラム23個を、9名のSEで『爆発リリース』と銘打って3カ月で全てリリースしました。

SEが3分の1になったのに生産性は格段にアップしたわけです。

それは私が一人一人の開発工程をチェックし、日々仕事を追跡し続けたためでした。

言い換えると、能力ある社員がいても、上司が仕事をしなければ生産性は落ちるということです。

これが生産性を向上させる方法です。

つまり、経営者も社員も『ともに弛んでいた』ことが生産性を大きく落とした原因でした。


2017/01/04 12:47

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第5条 頑張りたい社員は辞めてくれ(前編)

ビジネスマンには『プライベート優先の生き方をする人』と『ビジネス優先の生き方をする人』がいます。

価値観の問題ですし、人生は楽しむものですから、その人が楽しいと思う方が、その人にとって正しい選択になります。

どちらを選択しても『犠牲』は付き物です。

会社を選択すればプライベートが犠牲になりますし、プライベートを選択すれば会社は中途半端になります。

課長クラスまでならば会社とプライベートの両立は可能ですし、大企業であれば社風によっては部長クラスまで可能な場合もあります。

では、プライベートを犠牲にするとはどういう意味でしょうか?

朝八時から夜十一時、十二時過ぎまで会社で仕事をするとか、土日祝日も出勤するという意味ではありません。
これは会社創業期の会社です。

グッドイシューも最初の3年間は私と副社長は土日祝日はほとんど休まず、正月やゴールデンウィークもほとんど出社していました。

よく笑い話に出るのですが、フッと一息付いて、さぁ昼飯にしようと時計を見たら夕方の6時だったということが度々ありました。

全く休まなかったのですが、2年半は疲れを感じませんでした。

昔は3年でも疲れなかったのですが、グッドイシューは49歳で創業したので、昔のような体力がないとは感じました。

疲れない理由は、将来の大きな目標を明確に設定し、そのための戦術も細かく設定したことで『これが終われば成功する』という気持ちで仕事をこなし、新しい仕事なので『チャレンジすることがたくさんあって、面白かった』からではないかと思います。

つまり、面白い仕事は疲れない、仕方なく行う仕事は疲れるということです。

2004年までのグッドイシューは『事業会社ではなく研究所だ』と言われていました。

それが株式を公開することになり、研究所から事業会社に変わっていきました。

いろいろな方から「グッドイシューが変わった」というご指摘やアドバイスを貰いましたが、結果として上場に値する企業を作るという大義名分に踊らされてしまいました。

社員数も2005年の初めには25名前後でしたが、2006年には60名を超え、役員や顧問を加えると約80数名と大きくなりました。

社員数や、特に役員を増やしたことで『昔からあったケンミレイズム』が消え、社員の目的意識が消えていきました。

2006年4月に、私が副社長と話している時に、副社長から、「グッドイシューは魅力がなくなったので、二人でグッドイシューを辞めて別の会社を作りませんか」と真剣に言われたことがありました。

もちろんそんな無責任なことはできませんでしたが、この話がきっかけとなって、会社が変わり始めました。


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